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zoom RSS 東日本巨大地震 

<<   作成日時 : 2011/03/14 10:19   >>

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何から書いたらいいでしょうか・・・。

あまりにも大きな被害の映像を見て 言葉が見つかりません。


地震発生の11日(金)14時46分頃  

私は自宅で 土曜日に返却予定の短編集を読んでいました。

何故か文字が頭に入っていかず 同じところを何度も読み返していた その時

いきなり 横揺れが始まりました。

急いでストーブの火を消して、テーブルの下に避難 

地震がおさまるのを待ちました。 収まってテーブルの下から出ても

すぐにまた地震が始まりました。

その後 何度も揺れ、建物の外へ出て、車の中で暖房をつけながら

ラジオの放送を聞いていました。 ラジオでは 津波に注意するようにと

繰り返し放送していました。 10メートルの予想と聞いて 寒気がしました。



その後、地震があると車に退避することを繰り返しているうちに主人が帰宅。

電気は地震のすぐあとから使えなくなりました。

5時半ごろ夕飯の支度をしている時には まだガスが出ていたので

凍ったご飯をフライパンで焼いたものと、野菜炒めを食べました。

夜は余震が激しく、ほとんど眠れる状況ではありませんでした。





翌12日(土) 引き続き余震が続き 落ち着かない一日でした。

電気が不通のため 電話が使えず、携帯も繋がらず、

公衆電話も並んでいるし繋がらない処が多い状態でした。

無事を知らせる方法がないので 大勢の方に心配をかけてしまいました。

こんな時のために 携帯にはメール機能は必須だと痛感しました。

メールの契約をやめてしまっていたのです。

スーパーに行ってみましたが どこもシャッターが降りていました。

我が家には幸いなことに食料は結構あったので 当面は困ることはないので

並んでまで買う物がなくて良かったです。

ガスが止まっているので、カセットボンベがあって 本当に助かりました。

停電だったので反射式の石油ストーブだったことも幸いでした。



13日(日)

余震が数回に減って ほっとしました。

結局 避難することもなく、カセットボンベのお陰で 温かい食事もとれ

夕方には電気が復旧しました。

電気が復旧したことで テレビを見ることができました。

実は、ラジオだけでは これほどの被害の状況は分かっていませんでした。

というのもラジオの電池は2階の方から頂いたので、節約して聞いていたのです。

宮城県の情報だけで いわき市にいる主人の親戚数人のことは 未だ分かっていません。

無事を願うばかりです。



復旧した直後から いろいろな方から電話を頂きました。



親戚や友人のほか、このブログで知り合った方からも 温かいお電話を頂いて

本当に胸がいっぱいになりました。

何事もなく済んで、なんて幸せものだろうと 改めて痛感しています。

皆さま、本当にありがとうございます。


これを書いていて、また地震がありました。

まだまだ皆さんも気をつけてください。



最後になってしまいましたが、亡くなった方のご冥福を

心よりお祈り申し上げます。


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